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2017年11月22日
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危険な選択

2011年08月04日
 
 移転か、現地再建か。石巻市立病院の再建策が二転三転。もたつく復興への足取りに市民は苛立ちを募らせている。
 現地再建への方針転換について、市は、補助金制度の足かせを理由に苦渋の選択としているが、津波の直撃を受けた病院が、将来にわたってその重責を担えるのか、市民の口をついて出るのは不安の声だ。
 石巻市は当初、震災により機能停止に追い込まれた石巻市立病院を現在地とは別の場所に仮設病院として再建する考えだった。
復興計画においても、防災上の観点から現在、市立病院が建つ海沿いを建築規制区域としていることから、整合性が取れた方針だった。

 ところが、7月22日付けの石巻かほくには「石巻市長『市立病院、現在地に』市議会で再建方針明言」の記事が掲載され、当初の方針から一転して現在地で再建することが明らかになった。
 方針転換の背景について、河北新報は7月23日、市は一度、現在地とは別の場所に100から150床の仮設病院を建てる意向を表明。移転再建の財源には、日本赤十字社からの資金援助(寄付金)を見込んでいたが、県が応じず、石巻赤十字病院が80床の仮設病院を建設すると表明したことから、市の計画は宙に浮いた、と報じた。
 このため市は、国庫補助を頼るほかなく、国の第三次補正予算で災害復旧の国庫補助を得る為には、本年度中に現在地での復旧に着手しなければならなくなった。
 財源の担保がなくては、再建に踏み出せないのは当然だ。が、しかし、考えるべきことは他にもある。そもそも、赤字続きで市が負担金を拠出している石巻市立病院を再建する意義はあるのだろうか。
 再建財源の捻出に窮するとともに、市民の生活再建への不安がぬぐいされない中で、再開後の赤字負担を市民に押し付けてまでしてなお、必要だ、というのであるのならば、その理由、指針を明確にすべきだ。
 要は、「金ではない、人命には代えられない」というのであれば、市立病院は最低限、災害時の医療拠点でなければならない。つまり、補助金で財政負担が軽減されるという理由だけで、津波の直撃を受けた現地でも仕方がないとすることが正しい判断と言えるかどうかということだ。
 7月23日付けの河北新報みやぎ総合版の見出しは、市民「行く気にならぬ」というものだ。津波の直撃を受け、同病院前の道路は陥没し、北上川の一部と化した。災害時に役に立たなかったのだ。新たに地盤沈下も明らかになり、津波の脅威は以前にも増して大きくなった。市民が再開しても行きたくないと思うのは当然だろう。
 病院は命をつなぐ場所だ。東日本大震災において、石巻赤十字病院は、石巻市内にあって唯一、災害直後から要救護者を受け入れ、野戦病院のごとく、その役目を果たした。被災直後から、市内は赤十字病院へ向かう救急車のサイレンが途絶えることはなかった。
 その一方で、石巻市立病院は、救援救護を要する人々を受け入れるどころか、まったく逆の状況にあった。津波によって孤立し、電力の供給が断たれた院内では、生命維持に関わる設備が機能しないため、時間を追うごとに入院患者が命を落としていった。あろうことか、命をつなぐはずの病院内で手当てを受けられず、苦しみもがきながら命を落としていったのだ。
 ところが、石巻日日新聞の報道によれば、石巻市立病院院長は「患者に被害はなかった」としている。
 しかし、石巻市立病院の入院患者救出にあたった救援隊の記録によれば、震災直後、市立病院内には、患者ら約150人が取り残されていたという。大半が高齢で酸素吸入が必要な患者や寝たきりの患者も多かった、とのことだ。
 水や食料はおろか、暖房もなく、凍てつく寒さの中、なす術なく、時間の経過とともに5人の方が亡くなられたそうだ。これで被害がなかったと言ってよいのだろうか。

https://aspara.asahi.com/column/eqmd/entry/uUdULj0mW0

 しかも、取り残された患者ら150人全員がヘリで救助されたのは、発生から4日目(14日)のことだ。二次災害が懸念される中、一日で100人を超す患者 をヘリで緊急搬送した救援隊(緊急医療チーム「日本DMAT」)には、言葉では言い尽くせない感謝の気持ちを覚えるが、これをもってして病院長が、患者に被害はなかった と言うこと自体、防災に対する認識にずれがあるのではあるまいか。あまつさえ、津波警報を受けて慌てて病院を後にした通院患者が帰路、津波にのまれなかっ た、という確証はどこにもないのだ。
 本当に人命には代えられないという認識があるのであれば、金は二の次でなければ筋が通らない。逆に金(人命よりも市の財政負担軽減)が優先だというのであれば、診療再開による赤字経営の継続は矛盾する。
 それにも増して、国は、石巻市立病院が受けた津波の被害を知った上で現地再建のための補助金申請を認めるのだとしたら、それこそ問題ではあるまいか。国は、再び同様の災害に襲われた時、災害時医療の拠点どころか、逆に孤立、支援を要することになるであろう可能性が残る病院を再開させるために金を出したということになる。
 そもそも、石巻市立病院はいわくつきの施設だった。114億円を投じて建設され、1998年に開業したが、計画当初から、候補地を巡り「土地ありき」の疑惑が囁かれた。チリ地震津波を教訓としてきた三陸沿岸の住人であれば、海岸線から目と鼻の先、その上、旧北上川河口脇という場所に大規模な公立病院を建てることに異を唱えるのが当たり前だ。当然、多くの市民が津波の心配を口にしていた。
 しかし、架空工事の利権疑惑でリコール辞職した当時の市長と与党議員は、土地ありきで、異論の声を打ち消し、数の論理で押し通した。
 これが誤りであったことは、今回の災害で誰の目にも明白だ。石巻市立病院は、災害時医療の拠点どころか、救助を求める状態にあった。危惧されていたことが現実のものとなったということを認識しなくてはならない。
 当時、市立病院建設の舞台裏で何があったのか。今後も 明らかになることはないだろうが、被災した石巻市民が、利権の尻拭いをさせられようとしているのだ。今また、判断を誤れば、後に再び同じことを繰り返すことになる。再び、後世に汚点を残そうというのか。
 村井知事は8月1日の定例記者会見において、この問題に言及。「石巻市立病院を現在地で建て替えということを石巻市長が表明された。(現在地は)海のすぐそばに立地しており、県の復興計画でも、そういった公共施設は高台あるいは内陸へ移転するという方針に逆行する方針かと思う。市民からも非常に批判的な意見が出ているようだが、県として石巻市立病院の再建方針をどう受け止めているか。また、今後石巻市にどのような指導、あるいは関与をしていくのか。」
という質問に対して、「石巻の市立病院でございますので、これは石巻市民の皆さまにとって一番良いところを石巻市長が考え、そして議会の理解を得た上で、再開に向けてスタートするということが望ましいと考えております。県も東北大学、医師会などといろいろ話し合いをしながら、どうすればいいのかということを協議し、石巻市にそ の考えをお伝えはしておりましたが、石巻市長としては現在地での再開が望ましいと考えたということでございます。
市民の皆さまからもいろいろご意見が出ているようでございますので、今後非常に大きな位置づけを持った病院でございますから、しっかりとできる限りの範囲内でございますが、サポートしていきたいと思っております。現在地がいいのか、内陸がいいのかということについては、これは石巻市が考える問題でございますので、この場で私がコメントするべきではないと考えております。 」
と語った。
さらに記者から「これを容認していくことになると、全県下で住宅、公共施設を高台に、内陸に(移転)と言っている方針を、市町村になかなか提案しづらく なってくるのではないかと思うが、県の復興計画を進めていく上での問題点をどう考えるか。」と問われると、
「私は入院をされている、あるいは通院されている患者さんの安全ということをまず考えながら、病院の今後のあり方というものを検討すべきだと思っております。(石巻)市長さんが、あそこに病院を建てて、同じ津波が来ても、入院患者さん、通院患者さんを守るすべをまた別途考えるのかもしれません。従いまして、良い悪いということは申し上げられませんが、市長さんに今後会うことがあってその件でお話しすることがあれば、同じ津波がまた来るという前提のもとに、安全対策にはぜひとも万全を期すべきではないでしょうかということはお話ししたいと思っております。」
と答えた。
 求められているのは、構造物の堅牢性や避難先としての機能ではない。入院、通院患者の安全「命」だ。
 発生から5ヶ月たった8月11日、石巻市議会保健福祉委員会では、市立病院の現地再建で意見を交わしたが、議員の間からは慎重論が相次いだ。

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